脳出血後遺症の「痙縮」は悩みの種。
痙縮治療で近年注目を浴びているボツリヌス療法について詳しくまとめました。
リハビリの併用により運動麻痺の回復効果にも期待できる?
目次
脳出血の後遺症
本邦において脳卒中(脳出血、脳梗塞、くも膜下出血)は寝たきり及び要介護状態の原因となる疾病第1位とされています。(参考:厚生労働省「平成25年国民生活基礎調査の概況」)
高齢化の進展に伴い,人口あたりの脳卒中発症数は増加の一途を辿り,後遺症によって要介護状態となる脳卒中患者は後を絶ちません。
脳卒中の代表的な後遺症は以下のとおりです。
- 片麻痺
- 痙縮(けいしゅく)
- 感覚障害、しびれ
- 運動失調
- 嚥下障害、構音障害
- 高次脳機能障害(失語症、注意障害、半側空間無視、失行、失認など)
なかでも「痙縮」は手足のこわばりや疼痛を誘発し,円滑な随意運動を阻害するため,歩行などの日常生活動作やリハビリテーションの進行に支障をきたすことが多いです。
痙縮とは?
専門的には
「腱反射亢進を伴った緊張性伸張反射の速度依存性増加を特徴とする運動障害。伸張反射の亢進の結果生じる上位運動ニューロン症候群の一徴候」
と定義されています。
要するに、
以下のような所見が認められます。
- 筋緊張の増加
- 腱反射の亢進
- 伸張反射の他筋への波及
- クローヌス(筋肉や腱を不意に伸張したときに生じる規則的かつ律動的に筋収縮を反復する運動)
脳血管障害の発症3カ月後に19%,12カ月後に38%の患者において痙縮が認められたと報告されています。痙縮は慢性期の脳卒中患者にとって悩みの種になりやすいです。
痙縮のデメリット
- 痙縮筋の過緊張による血流不全、痛みやしびれの誘発。
- 尖足や内反尖足があると歩行時につま先が地面にひっかかるため、転倒のリスクが高まる。
- 肩関節内転内旋変形(脇をぎゅっと閉じて胸の前で腕組みするような姿勢)があると、更衣などの日常生活動作が制限されるだけではなく、介護者にとって腋窩の清潔を保つ妨げになったり、胸郭の開大が制限されて呼吸機能に悪影響を与える可能性がある。
- 手指のにぎりこぶし状変形では、無理にこじ開けようとすると痛みを生じ、清潔を保つことが困難になって時に手掌から悪臭を放つ。
麻痺自体は中等度で随意性はあるものの、痙縮のために十分な実用性が得られない人も多いです。リハビリを行う上で痙縮は妨げとなりやすいです。
ただ必ずしもデメリットばかりではありません。
随意性が低い患者にとっては、立位時における下肢痙縮の利用は歩行を可能にしてくれますし、骨や筋肉の萎縮予防、褥瘡予防などに役立つこともあります。
治療によりどのような効果(拘縮や変形の予防・矯正、介護・介助のしやすさ、麻痺側機能の向上、移動能力などの動作の改善など)が望めるかを見極める必要があります。
痙縮の治療法
痙縮の治療法には、経口抗痙縮薬による薬物治療、神経ブロック療法、外科的治療などがあります。(引用一部改変:「脳卒中後の痙縮とボツリヌス療法」中馬孝容 2010)
- 全身性かつ可逆的:抗痙縮薬、バクロフェン髄腔内投与
- 全身性かつ不可逆的:選択的後根切除術
- 限局性かつ可逆的:ボツリヌストキシン、フェノールブロック
- 限局性かつ不可逆的:末梢神経切除術、腱延長術
患者の罹病期間や重症度、痙縮の分布などを考慮して治療を選択します。
ボトックスとは?
ボツリヌストキシン(A型ボツリヌス毒素)という薬を筋肉内に注射し、痙縮をやわらげる治療法で「ボトックス注射」「ボツリヌス療法」とも言います。
【ボツリヌス毒素はグラム陽性偏性嫌気性桿菌であるボツリヌス菌の菌体外毒素で、抗原性の違いによりA~Gの7型に分類される。なかでもA型毒素は活性が強く、生物活性は自然界で最強ともいわれ、経口投与による致死量は体重70kgのヒトで約70μgと推測されている。】
欧米における痙縮治療はボツリヌス療法が一般的であり、本邦でも2010年より保険適応となって以降、使用頻度は近年増加傾向にあります。脳卒中ガイドラインにおいても痙縮による関節可動域制限に対して「グレードA」とその使用が推奨されています。
作用
ボツリヌス毒素の最も基本的な作用は、「神経筋接合部での運動神経終末からのアセチルコリン分泌の抑制」です。これにより筋細胞膜は興奮閾値に到達しにくくなり、筋収縮が阻害されることで痙縮を抑制します。
効果
ボツリヌス毒素は緊張が認められる筋に直接注射するため作用は局所的です。個人差はありますが 一般的に効果はおおむね2〜3日で現れ、1〜2週間後に安定し、3〜4ヶ月間程度は持続します。
効果が得られた場合には必要に応じて反復投与が可能であり、治療経過をみながら徐々に他の部位へ治療範囲を広げることができます。また,他の痙縮治療との併用も可能です。
反復投与
ボツリヌス療法に伴うボツリヌス菌への抗体産生の頻度はごく低いとされますが、高用量投与を短期間のうちに繰り返すとリスクが高まるといわれているため、必要最低限の量を可能な限り間隔をあけて投与することが重要となります。目安としては3カ月以内の再投与は避けるべき。
脳出血後遺症の痙縮に対するボトックスの費用は?反復投与の効果は?
副作用
ボツリヌス療法の副作用として、筋の過度の脱力などが生じることがありますが一般的に一過性にみられ可逆性です。
【脳梗塞後遺症へのボトックス注射は痛い?副作用は?効果がでない原因は?】
リハビリとの併用効果は?
ボツリヌス療法にはリハビリテーションの併用が必要不可欠です。
痙縮の軽減が得られたら、
- ストレッチによる関節可動域の拡大
- 拮抗筋(注射した筋肉と反対の作用を持つ筋肉)の筋力強化
- 正しいポジショニングや歩行パターンの習得
- 日常生活動作訓練
などのリハビリを行います。
注射した筋肉が柔らかくなった状態でいかに「正しい動きや姿勢を学習するか」が重要になります。また、リハビリによって、ボツリヌス療法による治療効果が長くなるとも報告されています。(参考:Brin MF「Dosing administration and a treatment al- gorithm for use of botulinum toxin A for adult-onset spasticity. Muscle Nerve Suppl 1997」)
ボツリヌス療法後には活動性の上昇や筋力バランスの変化によって転倒などが起こりやすくなる可能性があるため、リハビリでそのリスクを評価し適切な指導を行う必要があります。
麻痺の回復効果は?
前述したように、
麻痺した手足をある程度動かすことができるが、痙縮のために十分な実用性が得られない人は多いです。
本来動かせるポテンシャルがあるのに痙縮によって邪魔されてしまっている患者にとっては、ボトックスによる麻痺の回復効果が期待できます。
余分な痙縮が抑制されている状態で、麻痺側の機能訓練(特に川平法が効果的)を集中的に行うことが重要になります。外来リハビリよりも入院して短期集中的にリハビリを行うのがベスト。
ただ、
「麻痺が中等度で随意性がある程度担保されている」
ことが前提となります。痙縮ばかりが強くてまったく随意性がない場合は効果は期待できないでしょう。
まとめ
脳卒中の後遺症に悩まされる人々が増える中、痙縮により日常生活に支障をきたすことも少なくありません。拘縮や痛みの誘発、随意性の低下により生活の質も低下するため、とりわけ慢性期脳卒中患者においては深刻な問題となっています。
ボツリヌス療法は従来の痙縮治療と比べ、手技が簡便で副作用も少なく、治療効果も高いので注目を浴びています。
ただ、
大事なのはボツリヌス療法と何を掛け合わせるか。
痙縮の落ちた状態でどんなリハビリをするかが非常に重要です。
(そしてその治療効果を維持することも)
ボツリヌス療法を受けられる病院でしっかりとしたアフターフォローがなされているかを見極めなければなりません。
以上、参考になれば幸いです。